小諸 里山の愉しみ

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2007年 09月 11日

清水牧場さんご夫婦

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 昨日は畏友、清水牧場さんに運んでいく物、から運んで来る物があって、一日の秋のドライブの積もりではるばる旧奈川村(現松本市)に行って来ました。もうじき野麦峠で、それを越すと、延々と山ひだの深い飛騨高山に至る國境です。
 この清水牧場さん、かねがね尊敬止まぬご夫婦ですが、一代記になるような、理想に忠実に、バイタリティに溢れて長年牧場経営をされ、超一流の乳製品を作っていらっしゃるお二人です。
 ご主人の則平さんはサラリーマンのお家に生まれ、かつ湘南ボーイだったのですが、小さい頃から何故か、また、どうしても牛に惹かれてしまった方です。これは理性的には説明がつかず、オレは前世牛だったのではないかとかおっしゃっています。
 長じて獣医大学に進学し、その同級生の女の子に恋しては、ある日皇居にデートし、オレと結婚してくれなきゃ、この皇居のお堀に飛び込んで死ぬ!と言っては、牛突猛進(ぎゅうとつもうしん)で、まあ、有無を言わせずですなあ、その可愛い彼女を妻にしてしまった。それが今の奥さんなんじゃ。
 ま、それが「清水牧場物語」のプレリュードで、そんなエピソードを単純につなぎ合わせていくだけで十分楽しいのですが、話はずんずん急ぎます。若い二人は苦労して、岡山で牧場を作って成功しますが、自分達の求めていた牧場経営・乳製品とは違うことに悩み、敢えて心機一転、新たな牧場経営を目指して信州は北御牧村、御牧ヶ原に牧場を開きました。それも事情があって、牛・人ともいったん近江の國に下りて、荷を解くという回り道をしながらの「民族大移動」でした。私たちが知り合いましたのもこの彼らの「北御牧時代」です。
 その北御牧時代にももちろん成功して、その乳製品は全国的にも知る人ぞ知る、日本では始めてのタイプのチーズを手掛けました。しかしそこも手狭になってきたこともあり、また放牧による飼育で、より優れたチーズ作りをしたいという強い願いもあり、とうとう、私たちとしては寂しくてならなかったのですが、二年前遠く飛騨国境近くの標高千四、五百メートル程の山地に広大な放牧場を借り受けて、「民族大移動」していきました。
 その結果どうか、これは拙いこの一文でご判断なさるより、まずは、みなさん、その山深く、山紫水明の地の、清水牧場さんを訪ねてはその牛乳を、チーズをお求めになってください。これが一番寡黙にして、雄弁です!(もちろん電話・メールでの注文も受けていますよ。)
 移転に際して、遠く離れても、いつも繋がっているよのメッセージをこめて、私たちが親しくしているイラストレーターの山口マオさんの『公衆電話』の版画を仲間内でプレゼント致しました。昨日は私たちにも思いが深いそのマオさんの作品をバックにお二人に並んでいただきました。どうです!この笑顔!理想に忠実に、苦労しながら実績を積みかさねていらっしゃった顔の何と堂々として柔和であることでしょうか。(よだ つながってるよ すろうりぃ記す)

 

by satoyama-06 | 2007-09-11 21:43 | 人物


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