小諸 里山の愉しみ

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2012年 12月 18日

誠よりほか許されていない

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小諸出身の画家小山敬三さんは、學生時代に画業を志し,父親にその旨願い出ました。しかし父親はどうしても許しません。
そこで息子がなぜそこまで反対するのかと訊きますと,「絵をもって生活しょうとすると,とかく富豪だとか、権威者に諂(へつら)うような立場になりがちで、絵が堕落するか,人物が堕落するか、そうした立場におちいりやすい。自分の子をタイコモチ(幇間)にはしたくない」。
そこで「私はどうも生活に対しての可能性については自信がない。例え才能があったとしても,その時代に認められなければ非常に困難な立場におちるし、才能がなければ尚更のことだ。この問題は、自分が神様でないから予めわからない。私の生活に対しての心配で、画家になることを許してくれないなら、私の生活を一生めんどうみてくれませんか」。(さすがにキセルの頭でガーンと引っぱたかれるかもしれないと覚悟したそうです。)さらに続けて
「絵は自分の一生の仕事と思う。一生懸命誠をこめて描きます。それだけは誓うことができます。しかし、世に名をなすとか、生活できるとかいうことは全然自信がありません。たとえ世に認められず,みじめな生活をすることがあっても、絵を描いて安心立命、墓に参ります。」
と申した。
すると父は、
「ああ、そういう考えならやってみるもよかろう」
と言うので、私はかえってびっくり仰天してしまった。
「とにかく誠心誠意、誠をこめて世を過ごすという事よりほか、人間には許されていない。それが唯一無二の生きる道だと信じている。懸命な仕事で一生をすごすということならやってみるもよかろう」『気韻生動の画家 小山敬三』中「来し方の記」より)
(よだ じんせいのたいわ すろうりぃ記す)   

by satoyama-06 | 2012-12-18 20:15 | 読書・書籍


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