先日のまだ梅雨末期の毎日激しく雨が降り続く中、ややもすれば気も滅入ってきますし、たまたま(と言っておきますね、えへへ。)お客様もいらっしゃらなかったので、割れたままになっていた素焼きの陶板の補修をしました。
これはおそらく今から十年以上も前、「縄文土器を焼こう」というイベントの際焼いた一つです。結果として身内を持ち上げるようなかっこになってしまって恐縮なのですが、私のお気に入りの一つで、当時のうちの小学生女子が作ったものです。
このちょっと賢治テイストな文面のおかしみと不思議さ。それに加えて真ん中のなにやらきのこ状のもの。優しい素焼きの肌合い。一見説明的と思わせる文章を陶板に書き込みながらその面白みを楽しむやり方ってのもあるんだなあとこどもの発想に教えられます。それにしても何で五歳以上五歳二ヶ月まででなきゃダメなの?思うだけ無駄とは知りながら、この陶板を見るたびついつい自問してしまいます。(よだ 「ごじゅさいいじょうごじゅうにさいまで」とかいうのはあり? すろうりぃ記す)